ご案内
現在、患者も医師も医療技術の進歩のみが病気を克服するかのような錯覚に蝕○年少しを経て現実はむしろ逆である。
私は、その『終末期医療はいま』を上梓した頃の問題意識になお固執して、ターミナル・ケアという部分の論議を重視する立場をとり続けようとは思わない。
けれど、医学にとって死とはいかなる意味を持つのかが深められなければならない局面に差し掛かっていると思われる。
その上で、嘗てのような安らかな死を求めようとするなら、日本の文化に根ざした死生観の整理もまた核心のことではなかろうか。
実に私たちはこの三、四○年の間に人間の生と死という重大事において、とてつもない急激な変貌を経験している。
いうまでもなく「人生わずか五○年」から一挙に「人生八○年」の時代へと劇的な生命の延長である。
世界有数の平均寿命の実現はまことに喜ばしいことだが、ごく短期間に生存期間の革命的変化をもたらした時代を私たちは正しく享受できているであろう。うまれて、あたかも日常の中から死を完全に取り除き、無限の生を享楽するような考え方が日本社会を覆っているように思われてならない。
一日一日を大切に生きるとは、がん患者向けの処世訓のようによく言われることだが、時間が無限にあるような錯覚に陥って、ほんとうに時間の価値が高まってくる人生の終盤に、世俗のいろいろなことを断念するということができず、有効な時間の使い方ができない人をあまりにも多く見受ける。
加えて生の長さのみを競い、一瞬の死(ポックリ死・安楽死)を憧慢する高齢社会の風潮があいまっている。
人は自在にポックリ死を選択できるわけではない。
いったい私たちはどのような死に方を理想と考えて老境に対処しようとしているのだろうか。
私たちは過剰なまでの健康願望(ブーム)の上で、「いつまでも若く」「絶対にがんが予防できる」と老いを否定するようなアンチ・エイジング情報に振り回されているのではなかろうか。
嘗て私たちは一円でも多くというバブルの世相を経験したが、いまや一日でも長くといった長寿バブルともいうべき風潮が無闇に賛美される雰囲気が顕在化しているとも考えられる。
誤解を避けるために言い添えれば、私は高齢者に死に急ぐことを求めかねない尊厳死、安楽死を美化する立場ではない。
むしろ高度な技法により人為的な生をもてあそぶような虚構を嫌悪するゆえに、人間的な自然な生と死を追求したいと念願している。
ひとえにがんという疾病では最良の選択をしても助からない場合も多い。
また死へのプロセスとしていかなる方法を選ぶのかという、苦渋の決断を迫られる場面が少なくない。
少なくとも高齢社会とは、がんの発生や再発、ひいては死の不安を抱えて生きる日々がかくも延長されるという側面をおろそかにすべきではない。
本書冒頭のY本孝史参議院議員が、「がんとの共存」とは「辛い現実を受け入れること」と強調しているように、「がんと向き合う」姿勢はそこから始まるという他はないのである。
がんが容易に避けられないこの時代、私たちはなおのことそうした本質にしっかり向き合うことが求められているのではなかろうか。
四がんの旅路その夏(一九九七年)の一日、私は、全国医学生ゼミナールのシンポジウムに呼ばれて、同じ航空機内に乗り合わせたやはり講師の光石忠敬弁護士と共に車で松山市内に入った。
会場に到着すると、多くの医学生、看護学生などが行き交い、そこかしこに若い熱気が満ちあふれていた。
ただちに打ち合わせのため会場内の一室に案内されたが、すでに先着のN川米造先生(大阪大学名誉教授)が医学生たちに囲まれて雑談中であった。
先生とは大阪での脳死臨調の公聴会以来の出会いであったので、軽く久闇を叙してその輪に加わった。
座談はN川先生のいつもながらの軽妙な話術を軸に進行、その快活な一言の度に医学生たちの笑いがさざめいた。
だが、私はといえば次第に口が重くなっていくのをいかんともしがたい思いであった。
なんと、誰にでもはっきり見て取れるほどの黄痘、その黄ばみを打ち消すような黒ずんだ顔色が先生の面貌に浮かび上がっている。
そんな複合的ともいえる黄痘が良性でないと断ずるのに、医師の私にほとんどためらいはなかった。
当然、私の関心は、講師として与えられたテーマの整理よりも、N川先生の病状をめぐる推論のあれこれに奪われて、打ち合わせの時間はなんとなく集中しきれないまま過ぎた。
やがてシンポジウムの会場へ・本番の数時間、私は自らの発言に急かされながらも、視線は絶えずN川先生の一挙手一投足に釘付けにさせられた。
先生はさすがに私たちと同じように腰掛けてマイクに向かうことは不可能であり、壇上の舞台に直接座りこんで前方に足を投げ出す格好で、数百人の学生たちに向かって語り続けた。
語調はすでに病弱の低音であったが、「未来の医療を担う諸君に」と呼びかける内容は、終生、医の倫理を問い続けた学究として、一語一語に明確な意味を感じさせた。
だが、場内は死に向き合う人間の真塾さをまのあたりにしてといった雰囲気ではなく、直前の打ち合わせの際、司会・運営を務める中心的な医学生たちの反応もそうであったように、どちらかといえば淡々と実務的に運ばれていく感があった。
ひょっとして彼らは先生の悪性黄恒に気づいていないのだろうか?とすると、いまかしましく問題にされる医学生の臨床能力、人間全体を見る力の低下等々、混迷する医学教育の反映とみるべきかと、ついつい余計なことに思いをめぐらす始末であった。
そんなことを考えているうちにシンポジウムは無事に終了した。
帰路、私は予定を変更。
先生と行を共にすることにしたが、座席のへだたった機内はもとより狭い松山空港では、先生の遠くない死を意識してなくて寡黙に終始せざるをえなかった。
だが、大阪空港到着後、長いコンコースをゆっくりと先生の歩調に合わせながら歩んでいる時、腎臓がんの切除に端を発する病歴を問わず語りに聞かせていただいた。
その果てに「この夏、軽井沢で、もう一つ医学生たちと合宿」という話を聞き及んで絶句するばかりであった。
反射的に、「なぜ、明日をも知れない、気息奄奄の病状をおして次々と医学生たちの集いに、しかも軽井沢にまで」と声にでかかったが、言いよどんでとうとうそれを口にすることはできなかった。
数日後、どうしても聞いておかなければならないと思い余って、ご自宅に電話をした。
医療機関受診のためお留守であったが、ご不在でかえってほっとした面もあった。
それからまもなく秋風が立ち始めた時季、先生の計報に接した。
以後、夏がめぐり来ると、あの四国松山での猛烈な日差しがよみがえる。
殊に岐阜、米子などその年度の医学生ゼミナールに呼ばれるごとに、死の病をおしてその場にやって来た先生から受けた衝撃を思い起こす。
二○○三年、「第三回若月賞」をいただけることになって、受賞のため信州佐久への往路、私は夏たけなわの軽井沢に途中下車した。
私にとって軽井沢はもはや折にふれて訪れる代表的な避暑地というだけではない。
N川先生が教育者として最後の実践を貫徹した場として私の意識に重く刻み込まれていた。
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